*想像で物を書いてます
*くれぐれも真に受けないでください
*バンドマンのモデルはいないこともないが、こんなひどい奴かどうかは知らない
*シリーズもののようです。
未読の方は
>>>@きついパルファムに内腑がざわめく からどうぞ。









逃げちゃだめだ




10代の頃偶々好きになったのがそういう系統のバンドで、それ以降ずっとそういう世界に足を突っ込んで生きてきた。バンドがすべてだった頃はそれなりに無茶もしたし、痛いと言われるようなこともした。まさに若さゆえの過ちだ。その一言に尽きる。

高校時代を捧げたバンドが解散したことをきっかけに、それまでのバンド一辺倒な生活から、ほんの少しだけ音楽の比重が高い生活に。そして就職する頃には、趣味のひとつにバンドがある程度の、ごくごく普通の人間になった。ただ未だにそういう方面の友人とは親しくしているし、だからこそ耳に入る噂もある。

『あのバンドのヴォーカル、めっちゃ調子乗ってるらしいよ』
『女遊びかなり激しいんだって』

幾らバンドに傾倒しているとはいえ、本気でメンバーの彼女になれるなんて思っちゃいない。けれどそれでもいいから、と望む女の子の数もそれなりに多いのだろう、その手の噂はバンドのファンをやってると必ずと言っていいほど耳に入ってくる。だけど、耳に入ってくる回数が断トツなやつがいた。それが件のヴォーカルだ。

直接会ったことも話したこともあるわけじゃないけど、既にあたしの中では「嫌なやつ」「最低なやつ」という図式がしっかりと出来上がっていて。まあ一生関わり合いになることもない相手なんだけど、メディア越しのヤツの顔を見るたび、ほんの少しだけ毒づいたりもしていた。

なのに、なんで。
なんであたしは、あれ以来すっかりつるむようになってしまった例のヤツと一緒に買い物なんかしてるんだ?


「やー買った買った!マジ満足」
「よくもまあそんなにお金があるよねえ…。」

両手に大きな紙袋をいくつも抱えたヤツは非常に満足そうな声を出す。呆れ半分、羨ましさ半分で紙袋の中を覗けば、そのどれもがいっぱいいっぱいになるまで詰め込まれていて。どんだけ買ったんだ。大分汗をかき始めたアイスティーをストローでずず、と吸って、目の前の男に声をかけた。

「しっかしたまのオフに会う相手があたしってさあ…もっと有意義な時間の使い方しなさいよ。」
「あ?別にいーじゃん、俺がお前と出かけたかったんだよ。」

その辺の女の子よりもこぎれいに整えられた爪、今日はどうやらドクロちゃんマーク。人に見られる商売だから、と言うより、この男のこれは恐らく趣味の領域なんだろう。それぐらいいつも身綺麗にしていて。それにプラスしてもともとのスタイルの良さなんかが相まって、こいつはどうにも人目を引く。それが少しだけ居心地悪くて。

「お、そうそう。これお前にやる。」
「え?」

渡されたのは有名セレクトショップの小さな袋、何かと思って振ってみればカサリと軽い音。開けろと顎で促すのに従ってみれば、そこにあったのは華奢なピアス。シルバーの揺れるトップの先、きらりと光るストーンがついている。慌てて封を戻して突き返せば、あいつの不機嫌そうな顔が映る。

「なんで、こんなんもらえないし」
「いーからいーから。お前に似合いそうだから買ったんよ。貰ってくれないなら捨てるだけだぞ?」
「他の子にあげればいいじゃん」
「あ゛?」
「だーかーら、他の子にあげればいいじゃん。いるんでしょ、いっぱい」

噂でしか聞いたことない割に、それはあたしの中では確定事項で。別にそれを悪いなんて責める気はないから、口に出した。本当に軽い気持ちで。それを聞いたあいつはめんどくさそうにガシガシと頭をかいて。

「いねえよ。」
「は?」
「とっくに全部切れてんだよ。女なんていねえよ。ついでに休日に出かけるような女もな。」

気まずそうな表情のまま度の強い炭酸をぐいっと飲みほして、腕で口周りを拭う。幾重にも重ねられたブレスレットや時計がぶつかってしゃらり、と音を立てた。

「つーかさあ。いい加減解ってんだろ?」

「なに、を…」

「俺はお前が好きなの。」

真剣な瞳。逸らすことも出来なくてただ瞬きを繰り返せば、上手く息の出来なくなった喉がひゅ、と音を立てた。




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