「ねえ、」

「もし、誰よりも愛した人が自分より先に死んだら、どうする?」


記憶にあるより、幾らか大人びた瞳。
当時は肩から下へと流れた黒髪は今はもう短く切り揃えられ、少し背が伸びたよう。
丸みを帯びて女性的だった身体つきも、今は大分しっかりとして、彼の父親を思い出させた。
…勿論、彼の人との隔たりは大分あるけれど。

無事を確かめる術など何もない中、きっと彼だけは変わらないまま、今日、この日に、ここに来るだろうと言う、奇妙な確信めいたものがずっとあった。

そうしてそれに違わずに。
約束も何もないのに、二人は、今ここに、こうして、いる。

二人にとって大切な人が眠る、この海に。




「……生きるよ、僕は。自分に残された寿命の最後の一瞬まで、余さずに。」



本当に微かな、声だった。
記憶にあるよりも少し低い、けれど変わらぬ凛とした声。

ひたりと目の前を見詰めて、瞬きもせず、彼は、続ける。

「どれだけ愛したってどれだけ大切にしたって、僕達は人である限りいつか死ぬ。
 それは明日の事かもしれないし、もっと遠い未来の事かもしれない。
 だけど―」

振り仰いだ空には、燦々と大地を照らす、太陽。
この地球で生きる生き物にとって、なくてはならない存在。
ときに慈愛に満ち、ときに何よりも残酷にこの地に降り注ぐ、全ての源たりうるもの。

「少なくとも僕は、いつかこの生を終えた時、会いにいけると信じてるから。
 だから、また会った時に、沢山話せるように、精一杯生きていきたい」

「それに―」

「例えどれだけ愛していたとしても、人間は、残酷なまでに強い生き物だから、ね」



あの人がいなくても、息をしていられる。
あの人がいなくても、笑える。
―その事実は、自分がどれだけ生きることに執着しているのかを、否応もなく突きつけるのだ。



ふ、と微笑む彼の横顔に見えた複雑な色を見て、一瞬、たじろいだ。
自分よりも年下のこの子の、その言葉に、その表情に、不覚にも泣きたくなったからだった。




「…生きている人間が、死んだ人間にできることは、たった一つしかないんだ」

「覚えていてあげること。
 その人の存在した確かな証を持って、自分が生きていくこと。
 それだけが、僕達の出来ることなんだよ。」




彼はそう言うと、手に持った白い花束を放り投げた。




白は永遠に穢れなき色。
全てを受け入れ許す、何よりも染まりやすく、そして何にも染まらない、不可侵の色。

―墓前に白い花を手向けるのは、彼の人の心が安らかで、まっさらであれと祈るからだと聞いた。



手から離れていった白い花束が、ぱしゃりと音を立てて水面に踊る。


ゆっくり、ゆっくり、まるで儀式のように。花束は波に揉まれ、そして自重で水中へ沈んでいく。
ただただ真っ白だった花弁の色が、深い藍の色に染め替えられていくのを見届けて、そっと、瞳を閉じた。



水底に眠る、彼の人の平穏と、来世での幸せを祈りながら。










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