※BL注意
























足元に転がる蝉の死骸を蹴り飛ばした。

終わりゆく夏、命の短さを嘆くようにただひたすらに。
声の限りに泣き喚く、蝉の最期の姿。




******



あのひと、は、まだ、眠っている。

纏ったシーツから覗く裸のままの肩口に、幾つあるのかも解らないほど散らばった赤い痕。


嫌だ止めろと泣き叫ぶ声を無理やり押さえつけて、思うままに蹂躙した。
そこに恋人同士の睦み合いのような優しさや思いやりは無くて、ただひたすら自分の欲を満たすためだけの身勝手すぎるほど身勝手な行為。
セックスと呼ぶのもおこがましい、そう、きっとあれは暴力。

隣にいるのが当たり前になって、今度は全部欲しくなった。
自分以外の誰かと笑んでいるのが許せない子供じみた執着心、
自分だけのものにしてしまいと日々募る狂おしいほどの衝動、
それらを律して生きていくのに自分は少し、幼すぎた。

きつく閉じられた瞼を見ながら血が出そうなほど噛み締めた唇を無理やりこじ開けて、差し入れた舌が彼の同じそれに触れた瞬間、今ここで死んでもいいとさえ思った。押さえつけてきたあまりに貪欲になった欲望はその想いとは裏腹に留まるところを知らなくて、もっと欲しい、もっともっとと思いやりの欠片も何もなく彼を踏みにじる。狭い口内でそれでも逃げを打つ舌を追いかけて、触れていないところなどあってはならないというような勢いで絡ませる。
このまま呼気を奪いつくして、二度と自分以外の誰をも見ないようにしてしまえたらどんなにか。

―そんなこと出来ないって、痛いくらいに良く解ってるけれど。

まるで磔にされたイエス・キリストのよう、同じ四肢で動きを塞いで、夢にまで見た白い喉仏に噛み付いた。ひくりと逃げを打つように上がった顎、まるで供された獲物のようでくら、と眩暈がした。引き千切るみたいに剥いだワイシャツの下、思うよりもずっと白いその肌、余すところなどないように執拗に。口付け印を残して、いっそ本当に食べてしまおうかという幻想が霞み始めた思考を苛む。止めろ、お願いだから、止めろと繰り返すその声が聞きたくなくて何度も何度も唇を塞いだ。苦しげに歪む顔や、どうして?と言わんばかりのその潤んだ瞳それら全てが扇情的。混じりあう唾液が甘いだなんて今まで抱いた女の誰にもそんなことは思ったことはなかったのに。

膨らみのない胸も、自分とおなじ形をした性器も、どれもこれもが目が眩むぐらいに愛しい。どうして、と泣きながら聞く彼の濡れ羽色の髪の毛をそっと撫でて、何も言わずに瞼に口づけて。
そうして無理やりこじ開けて、無理やり繋がって欲を満たした。

いっそ殺してしまえたらいいのに。
いっそ繋いでしまえたらいいのに。
そうしたらきっと、お前は俺を憎んでくれるだろう?

奥の奥に精を放った瞬間に、まるで逃げ出すみたいに意識を失った彼の。
その涙の跡を拭って、もう一度だけそっと、口づけた。

まるで、懺悔のように。


******


どうして蝉は、たった一週間しか生きられないのに、
7年も土の中で耐えていられるんだろう?

「簡単なことだと思うよ」

なに?

「蝉は、太陽が死ぬほど恋しいんだ」

なるほど。
焦がれて、焦がれて、焦がれて…触れた瞬間に焼け落ちてしまうのか。
まるでイカロスのようだね。

「…可哀相だね」

どうして?
俺は、蝉が羨ましい。
たったの一瞬だとしても、焦がれ続けた太陽に触れられるのだから。
その瞬間に死ねるのなら、きっとこれ以上ないほどに幸せだ。

「―可哀相だよ」



******

我先にと泣き叫ぶ蝉の声が酷く耳触りで、ヘッドフォンの音量を少し、上げた。骨に直接響く重低音。
夜の明ける時間、美しい景色、それらが今の自分にはまるで断罪のようで。

許されたくなどない。
許されるわけもない。

スニーカーの先に軽い衝撃を感じて立ち止まる。
足元には、生を全うした命の果ての姿。

今度は、粉々に踏みつぶした。嫌な感触と共に散らばる命だったものの残骸。

きっとこれは、明日の俺の姿。

お前という太陽に焦がれて焦がれて―焦がれるあまりに禁忌を冒した。
不可侵の太陽に触れてしまった、俺の、末路。






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