まるで獣が、獲物の喉笛を食い千切るよう。

有無を言わさず口づけた。少し自分よりも体温の高いらしい相手の、薄いけれど柔らかな唇を、それこそ我が物顔で好きなように蹂躙する。呼気を求めて薄 く開いた僅かな隙間を掬い上げるようにして舌を差し込めば、思うよりも数段熱く湿った口内に自然興奮してくるのが解った。

性の匂いの全くない相手を、自分の好きなように翻弄するというのは恐らく健康な成人男性としてはそれだけでかなり美味しいシチュエーションだろう。が、今の自分にとって、その翻弄するべき相手というのが所謂ところの本命、なのだから最早何も言う事はない。

雪のように白かった面が、緊張と興奮、そして少しの酸素不足でまるで紅をさしたように赤く染まり始めてきたのを見、ふ、と笑みをこぼした。

「…そう緊張しないで」

余裕綽々。幾多の修羅場を潜り抜けてきたのと同じくらい、数え切れない程の房事も経験してきている。けれどそれはあくまでも、男として生きる上での必要悪、所謂ストレス解消。心の通わない相手を抱く事なんてなんでもなかった。―今までは。

何の疑いもなく自分を信じ、てらいも迷いもなく自分への愛の言葉を口にするのを培ってきた軽口で交わしながら生きること数ヶ月。いきなり起こった事件によって立場も居場所も変わってしまったがゆえの、蛹を脱ぐかのような見事な変わり様に今度はこっちが陥落する番だった。

驕りたかぶることのない謙虚な姿勢と人を信ずる心はそのままに。言葉よりも雄弁な強い視線と、信じられる仲間を手に入れて、確かに変わった。幼虫が蛹へ、蛹が蝶へ。遠巻きに眺めていても解るその圧倒的な変容をすぐ傍で見つづけていて、一体どうやったら陥落せずにいられるというのか。この、美しい生き物に。

「余裕、だね、なんかムカツク」

ぎしり、ベッドが軋む。シーツの上に散らばった、夜の闇を思わせるその一房。騎士が忠誠を誓う相手にするように、恭しく口づけた。

「余裕があるように見える?」

もう…こんなにも、お前が、欲しいのに?

一言一言、直接鼓膜に語りかけるように。飛び切りの低音をその耳に流し込む。ついでとばかりに耳たぶを甘噛みする。と、その細い肩がぴくりと震えた。さっきよりも密着した身体の所為、自然意志を持ち始めた男の部分がその身体に触れる。

「……しい」

はぁ、熱い吐息を一つ。赤く染まった薄い唇が微かに動いた。紡がれた言葉を拾い上げる事が出来なくて首を傾げて促せば、さっきよりも幾分赤味の増した面がくしゃりと歪んだ。

「…あなたが、欲しがっていてくれるのが解る。それが、すごく、嬉しい」

頭をがつんと殴られたようだった。いや、解ってはいたけれど―正直、心臓に悪い。

「…解っててやってる?」

右目を抑えるのは、ここ数ヶ月でついてしまった癖だ。この手のかかるお姫様の所為で。それでも決してそれを苦だと思っていない辺り、惚れてるなぁと実感してしまう。

す、と伸びてきたしなやかな両腕が、思わぬ強さで首の後ろを抱きこんだ。そのままぐいと引き寄せられて、薄い茶色の瞳がごく間近に迫る。

「…前から言ってるでしょう?
 …あなたが欲しい」

二人の視線が交わる。互いの瞳が確かな情欲に染まっているのを見て取って、僅かに残っていた距離を埋めるよう、性急な動作で口づけた。先程よりも深く、執拗に。

漸く離した唇から銀糸が伝うのを見ながら、口の端でにやりと笑った。

「もうどうなっても、知らないよ」






ケモノ、アラワル。









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