「…すこしだけ、こうしててもいい…?」

街も人も、何もかもが眠りについた頃合。シャワーを浴びようと、腰を浮かしかけたその時、つい、と伸ばされた腕が後ろから腰に纏わりついた。強くもなく弱くもなく、まさしく「纏わり付いた」その腕に引き摺られるように、再びベッドの淵に腰掛ける。

数え切れないほど身体を重ねた。けれど、心は一度として重なった事はない。

始まりは、本当に些細なこと。そこにいたのが互いだった、ただそれだけ。
一番身近な存在、簡単な性欲処理だと割り切って始まった関係。けれど抱き合えば抱き合うほど噛み合わない視線の理由、互いの内に秘めた昏い思いに気付く頃には、互いに互いを身代わりとして欲を満たさなくては立っていられなくなっていた。抱き合っていれば、その瞬間だけは確かに、悲しいくらい強いあの思いを忘れる事ができたから。

だけど、それはあくまでも生理的欲求を満たすためのもの。身体の熱を収めてまで、じゃれ合いたいとは思わなかった。だから、コトが終わればどちらかが部屋を出て行くのが暗黙のルール。当然、一緒に朝を迎えた事は一度としてない。そればかりか、所謂ピロートークのようなものとは無縁なのが、この二人の関係。

なのにどうしてだか。
追い縋るように腰に回された腕は今日に限って、ひどく熱い。


「…どうした」

「…なんでもないよ」


裸のままの背の、丁度肩甲骨の辺り。回された腕に込められた力が少しだけ強くなるのと同時に、赤子を慈しむような、羽根のような口付けが落されるのを感じた。
愛撫というには情欲の色は薄すぎ、ただの戯れというには少しだけ、哀しいそれ。
何も言わないのを良しと取ったのか、その後も柔らかな感触が何度も何度も両の肩甲骨に落とされる。翼の名残と言われるその骨の、確かな感触に感謝をするような、そんな柔らかな口付けだった。


「…あなたの背中は、あのひとに似てるね」


囁かれた言葉の意味に思い当たった瞬間、どうしてだか哀しくなって、無意識に、腰に回された掌に自分の指を重ねた。握り返してきた掌は、さっきとは打って変わってひどく、冷たかった。






届かないひと。
満たされない思い。

羽を失った僕たちは、大地に縛られたままで今日を生きる。








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